中医思想


中国人の中医鍼灸師

ある中国人鍼灸師のサイトをみていてぶったまげました。

鍼って24時間しか持たないので、毎日来てください・・・

だって。


中国4000年の歴史?(2)

前回の記事で「中国4000年なんてウソだ!」って書きました。
今回はそれをもうちょっと掘り下げます。

辛亥革命以前の王朝は清ですね。
これは旧満州の女真族の建てた王朝です。
その前の明は漢民族です。
辛亥革命の合い言葉は「滅満興漢」でした。
「漢民族国家の再建、女真族からの独立」だったんですね。
辛亥革命は独立運動です。

明の前は元でモンゴル族の王朝です。

こうやって「中国」は異民族による制服王朝の繰り返しだったわけです。

戦前は中国と言わずに支那と呼んでいました。
支那とは「漢民族とその土地・文化等に用いられる、
王朝や政権の変遷を超えた国号としても使用可能な
通時的な呼称(Wikipedia:支那)。」 です。
ここでは戦前にならって支那とよびます。

中国という国は辛亥革命以降ですが、
漢民族はずっと中原に住んでいました。
中原とは「中華文化の発祥地である黄河中下流域にある平原のこと
(Wikipedia:中原」です。
異民族による征服の繰り返しで、
中原では民族の混交が進み、純粋な漢民族に近い末裔は、
支那の南方に多い客家だとも言われています。
まあ、これはどうでもいい話ですが。

で、中国という概念にもどります。

中国が主張している領土は、清代の最大国土領域です。
それは冊封国の領域も含まれています。
冊封(さくほう)とは、「中国王朝の皇帝が
その周辺諸国の君主と「名目的」な君臣関係を結ぶこと(Wikipedia:冊
封)」です。実質的な属国といっていいでしょう。

いわゆる中国少数民族の故国は、
もともと冊封国だったところが多いんですね。
中国は、少数民族の故国の侵略・植民地化を正当化するために、
中国という概念を作り上げたのです。
中国=中原の漢民族多数派地域、
チベット族は、チベット、ウイグル族は東トルキスタン・・・
という具合に辛亥革命以降、ちゃんと国家分裂して
お互いに認め合えばよかったんですが、
漢族は他の民族を、侵略・植民地化したのです。


だから中国人という概念も、侵略・植民地化を正当化
する概念として作り出されました。
中国人という人種がいて、その下に、
漢族・ウイグル族・モンゴル族・チベット族・・・・
という民族に分かれるみたいな考えを作り出したんですね。
上手いものです。

ん?これがなんで「治療の裏ネタ」と関係があるかだって?

支那の歴史を考えるにあたって、外せない観点なんですよ。
特に日本人は東京裁判史観をさらに拡大させた、
支那共産党のニセ歴史観に洗脳されていますから、
そういった洗脳を解かないと、支那の真の歴史が見えてこないんですよ。

「中国医学の歴史」も「中医の流派の歴史」もその上にあるんですから、
これを知らずして中医の歴史を考えると、思わぬ落とし穴に落ちてしまって、
知らず知らずのうちに支那共産党の手先になるってことです。
私だってこういう洗脳から溶けたのは最近のことです。

中国医学の、あるいはその流派の歴史は別に取り上げましょう。


中国4000年の歴史?(1)

中国の歴史本を読んだり、中国人と歴史の話をすると

中国は4000年の歴史!

なんてことが書いてあったり、聞かされたりします。
まあ4000年が5000年になったり、
それ以上になったりもしますが、
ここではとりあえず4000年にしておきます。

まあ、これは今の中国の為政者が作り上げたウソ!

というわけで

中国は4000年の歴史?
ウソつくな!

というのが今回の話題。

さて、いきなり話は変わりますが、
日本って誕生してから何年になるかご存じですか?
今年(2010年)は皇紀2670年です。
日本の誕生は神武天皇が即位された年から数えますので、
2670年の歴史です!

って、これはまあ日本の建国神話にもとづいていますので、
歴史資料のない時代まで含まれています。だから
2670年なんて無粋なことは、ここではいいません。

とはいえ史実として確認されている
大和朝廷の王権が確立したのが5世紀頃ですから、
1500年以上は日本という国家が続いている
ということになります。

それに対して中国はどうか?
中国って、中華人民共和国のことです。
中華人民共和国が建国されたのは1949年ですから、
中国の歴史は71年だな。
まあそのまえの中華民国ができた、
辛亥革命(1912年)が始まりだとみても、
98年の歴史です!

その前の清、さらにその前の明・・・・

ああ、それは中国じゃないんですよ!

日本で平安時代とか鎌倉時代、室町・江戸・・・
ってナントカ時代ってありますが、これは
政治体制が変わっただけで、
王朝が変わったわけではありません。

なにが違うんじゃ!?

戦前には、国体と政体という概念がありました。

国体というのは国柄、もっというと天皇制を指します。
日本をお作りになった天照大神の直系の子孫ですね。
まあいわば、日本人の総本家です。
それに対して、われわれ庶民はその分家の分家の・・・・
です。日本人はみんな神様の子孫で、
その総本家として祭祀をつかさどっていたのが天皇。
これが日本の国体です。
ちと、らんぼーな表現ですが。

それに対して政体は日本を統治する政治システムの
ことを指します。平安時代は貴族が政治を行っていました。
鎌倉から江戸は武士ですね。
明治中頃から現在は国民の代表=国会議員ですね。

国を実際に統治する人々は変わりましたが、
天皇陛下はずっといらっしゃいました。
古代は政体と国体が一体となっていましたが、
平安時代に政体を国体が承認するという
システムになったんですね。
それ以来、現代まで、政体が変われども
ずっと同じシステムを日本は採用しています。

それに対して中国はどうでしょう?

明から清、清から中華民国に変わる、
というのは王朝が変わることを指します。
つまり、日本でいうと国体、つまり天皇が
別のものに変わるということです。

天皇に相当するものに、アメリカ人や
朝鮮人・中国人がなると考えても良いでしょう。
そしてその人たちが政治を行うということです。
日本がそのような時代を迎えたとして、
それを日本と呼べるでしょうか?

そういうことを繰り返してきたのが
中国4000年の歴史です。

(つづく)
追記:ここまで書いてネットで検索出てきたら
「中国4000年の歴史」は虚構だ!! 中華帝国の幻想(2000.5.7)
なるページを発見しました。ほとんど同じ視点ですが、
より詳しい解説がされています。